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神戸地方裁判所 昭和42年(借チ)1号 決定

申立人

掛谷八重子

右代理人弁護士

下山昊

外一名

相手方

北田かずゑ

右代理人弁護士

岩崎康夫

主文

別紙目録二、記載の借地契約を堅固な建物の所有を目的とするものに変更し、かつ、本裁判確定の日から存続期間を三五年に、賃料を三・三平方米(一坪)当り一ケ月金一四〇円に各変更する。

申立人は、相手方に対し金五〇万円を支払え。

理由

一  申立の要旨

別紙目録一、記載の土地についての借地契約を、附近の土地の利用状況の変化、右土地が準防火地域を受けたこと、その他の事情の変更により、堅固な建物の所有を目的とするものに借地条件の変更を求める。

二  当裁判所の認定

(一)実体的要件

(1)申立人の亡夫掛谷久(昭和二四年一一月二一日死亡)は、昭和二四年一月中旬ごろ別紙目録一、の(イ)記載の土地(以下本件土地と称する。)上の建坪七坪余の木造平家建バラック建物を、同所で自転車屋をしていた某から買い受け、本件土地を、その管理人と称する田中某から右建物所有の目的で、期間の定めなく賃借した。その後、本件土地を含む葺合区旗塚通二丁目三番地三〇七坪五合九勺(一〇一六・八三平方米)の所有者である相手方の父北田兼吉(昭和三二年一二月二四日死亡)は昭和二六年七月三一日に至り、右申立人らの占有を事後承認し、申立人に対し本件土地を、右建物所有の目的で、期間の定めなく、賃料は一坪(三・三平方米)当り一ケ月二五円と定めて正式に賃貸することとした。しかして賃料はその後数次の値上げを経て昭和四一年四月よりは一坪当り一ケ月七〇円に増額されて現在に至つている。(後記のとおり仮換地の指定がなされたが、申立人は現在まで一四坪七合五勺について賃料を支払つてきている。)申立人は昭和三〇年一〇月ごろ右北田兼吉の代理人北田太兵衛の承諾を得て前記平家建七坪余を一二坪一合八勺に増築し、その増築部分に二階三坪八合八勺を築造した。相手方は昭和三二年一二月二四日相続により本件土地の所有権を取得し、賃貸人たる地位を承継した。

(2)  本件土地については昭和二五年二月一五日建設省告示第六四号により準防火地域の指定がなされた。

(3)  本件土地は京阪神急行電鉄神戸線春日野駅プラットホーム最西端を南北に走る幅員約一八米の熊内橋線道路と、右神戸線路から北方約二〇〇米のところを右線路と平行に東西に走る幅員約二〇米の神若線道路(通称国体道路)とが交叉する四ツ辻の東北角地で主として右熊内橋線道路に面した土地である。

(4)  昭和二四年当時は右神若線道路も熊内橋道路も、その幅員は現在の半分位であつた。附近は戦災の焼け跡で、ところどころに野菜畑が作られ、小さい木造バラック建の建物が点在するに過ぎず、申立人方西向いには朝鮮人学校があり、申立人らは、その生徒相手に前記建物で、うどん屋を営んでいた。その後、昭和三〇年ごろまでに漸次木造建物が立ち並ぶようになり、昭和三二年ごろ前記神若線道路は南に、熊内橋線路は西に各拡張されて現在の道路となつたものである。

(5)  現在本件土地附近には、いまだ木造の非堅固建物も可成り立つてはいるが、前記熊内橋線道路に面し申立人方北隣、さらに一軒おいて北側には、それぞれ軽量鉄骨三階ないし四階の堅固建物があり、右道路を距てて向い側には屋上付三階建の鉄筋建物があり、同建物から北方七〇米の地点にも三階建の堅固建物がある。また前記神若線路に面しても、二、三の堅固建物はいずれも新しく、ここ四、五年のうちに建築されたものである。本件土地附近は行政上は住居地域とされているが、道路に面した部分は申立人方東隣の二、三軒を除き概して店舗併用住宅で、いずれも商工業を営んでおり、漸次商業地域を形成しつつある。

(6)  本件土地については昭和二七年二月二七日仮換地の指定がなされ、本件土地の西側、南側の各一部が道路敷となることになつているところ、昭和四一年一〇月ごろ施行者たる神戸市から本件土地上の建物を除却する旨の通知及び昭和四二年三月までに自ら除却するか否かの照会がなされ、申立人は自ら除却する旨回答している。しかして、右仮換地の指定により申立人が使用し得る土地は別紙目録一、の(ロ)の土地一〇坪六合一勺(三五・〇七平方米)に減縮されるのであるが、かような狭小な土地を有効に利用するためには、一階を店舗、二、三階を住居、四階を物置にする必要があるところ、前掲のとおり本件土地は準防火地域の指定を受けているので、三階以上の建物を建てるには、耐火建築物たる堅固建物にしなければならない。それで現に前記木造建物の改築を計画するに当つて本件申立をなしたものである。

(二)  一切の事情

(1)  借地権の残存期間は約一三年九月であるが、契約更新の可能性は強い。

(2)  本件土地は前記のとおり仮換地の指定により一〇坪六合一勺(三五・〇七平方米)となり、極めて狭小である。しかして、右土地に四階建の堅固物が建築されても、右土地ならびに附近の土地及び建物に影響はない。

(3)  本件借地権設定の際、権利金、敷金等の授受はなかつた。

三  当裁判所の判断

(一)  実体的要件について

右事実によると、本件土地の附近一帯の地域は、賃借権設定当時は戦災の焼け跡で小さい木造バラックが点在する状況であり、申立人が建物の増築をなした昭和三〇年ごろも、いまだ附近は木造建物のみであつたが、都市計画による土地区画整理の施行にともない、本件土地附近一帯が順次改築されるに至り、本件土地附近が準防火地域に指定され建築に関する法令上の制約があることと相まつて、耐火建築物又は簡易耐火建築物たる堅固建物が漸次建築され、現在では商業地域として可成りの繁華街になりつつあるのであるから、契約当時と異り堅固な建物を築造するのが相当となつたものというべきである。

そうすると、本件申立は、右のような附近の土地の利用状の変化、準防火地域の指定、その他の客観的事情の変更により、現に借地権を設定するとすれば、堅固な建物の所有を目的とするのが相当となつた場合に該当することが明らかであるから、前記一切の事情その他を考慮しても、これを認容すべきものと考える。

(二)  附随裁判について

本件においては賃料の増額、存続期間の延長、財産上の給付の点を考慮する必要がある。

(1)  賃 料

申立人は、本件申立の借地条件の変更が認められる場合は三・三平方米(一坪)あたり一ケ月一四〇円に増額する用意があると陳述し、相手方も、賃料の点については右の程度の増額で異存はないと陳述する。

(2)  存続期間

本件申立の借地条件の変更にともない存続期間が延長されることについては、当事者双方格別の希望を有しない。

(3)  財産上の給付

相手方は前記(1)の地代を前提として三・三平方米(一坪)当り一〇万円、本件全土地(一〇坪六合一勺)について一〇六万一、〇〇〇円のところ一〇〇万円の財産上の給付を求め、申立人は本件申立前その代理人山崎某を介して九〇万円を支払うことまで歩み寄つていたと陳述する。なるほど申立人は本件申立前二、三度相手方を訪ね、借地条件の変更方を申入れたが、その際申立人に同道した山崎某が、九〇万円支払う旨の提案をしたことはあつた。しかし、これは右山崎が申立人の真意に反し(ちなみに申立人は区画整理施行にともない市から補償金一三〇万円の支払いを受けることになつているが、右は主として申立人が煙草、菓子販売業をしているその営業補償であるところ、その大半を相手方に支払う程の意思は有しなかつた。)、交渉をまとめるため勝手に発言したものであり、右提案も相手方の承諾するところとはならなかつた。一方申立人は本件全土地につき三〇万円ないし四〇万円を支払う意思があると述べ、本件における実質的な争いは正にこの点にある。

以上の点から考えると、賃料については本件土地の昭和四二年九月現在における適正賃料は三・三平方米(一坪)当り一ケ月二三〇円、全土地(一〇坪六合一勺)につき二、四四四円が相当であるが、当事者双方に異存のない三・三平方米(一坪)当り一ケ月一四〇円、全土地(一〇坪六合五勺)につき一、四八五円とすることとし、存続については当事者双方から格別の希望もないので、鑑定委員会の意見に従い、本裁判確定の日から三五年間存続するものとし、右賃料、存続期間を前提として財産上の給付の額を決定することとする。本件各借地条件の変更にともない、申立人の賃借権は堅固な建物所有を目的とするものとなり、存続期間も二一年以上延長されて、借地権の価値は相当増加すると考えられるが、反面相手方の本件土地所有権の価額は、それだけ減少し、その他の損失もこうむる次第であるから、双方の利害の調整を図るため、申立人に相当の財産上の給付を命ずべきであると考える。そこで前示本件土地の場所的関係、借地権の残存期間、変更後の存続期間、土地の状況、借地に関する従前の経過、殊に前示認定のように本件賃貸借契約が、不法占拠にはじまつた事実状態を事後承認されて成立したものであること、その賃貸借成立に当つても、いわゆる権利金(示談金)、敷金等の授受がなされていないこと、本件申立前の当事者の協議の経過、その他一切の事情を考慮し、かつ、鑑定委員会の財産上の給付額を四四万四、〇〇〇円を相当とする旨の意見を参酌し、当裁判所は右給付金は五〇万円をもつて相当と認める。

よつて主文のとおり決定する。

(小川 正澄)

(別 紙)

目   録

一、借地権の目的土地

神戸市葺合区旗塚通二丁目三番

宅地 一〇一六・八三平方米(三〇七坪五合九勺)のうち

(イ) 宅地 四八・七六平方米(一四坪七合五勺)

右の土地の仮換地

神戸市葺合地区旗塚換地区六C街区一四符号

宅地 八七二・三〇平方米(二六三坪八合七勺)のうち

(ロ) 宅地 三五・〇七平方米(一〇坪六合一勺)

二、借地権の条件

(1) 右(イ)の土地を目的とし、昭和二六年七月三一日申立人と北田兼吉との間で締結された非堅固建物所有を目的とする賃貸借契約(現在の土地所有者賃貸人相手方、目的土地は仮換地指定後(ロ)の土地となる。

(2) 存続期間の定めなし。

(3) 賃料 三・三平方米(一坪)当り一ケ月七〇円、毎年二月、五月、八月、一一月に三ケ月分前払い。

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